好きなもの、好きなこと

好きを言葉にする。残念なアラサー。

Sentimental

 じょんひょんの最新アルバムの中の一曲。

たぶんこれからもずっと最新のアルバムを今聴いてしまうのはもったいないのではないかと思って、MVがあるものだけを動画で数回みるにとどまっていた。

けれども、もし聴いてみて好きになってずっと聴きたくなるような曲があったら、聴かないことのほうがもったいない!と考えが変わって、なんとなく気になった曲から入念に聴いている。

 

 こうしてSentimentalをたくさん聴いている。毎日通勤時間にリピートにして聴いている。どれだけ聴いても飽きない。聴くたびに新しい音が聴こえてくるようになるからだろうか。

 

 最初と最後の音がこもっているように聞こえる加工は두명우산に影響受けたのかなぁとか、とにかくイントロがおしゃれすぎるでしょとか、ジャズな感じが上品でそれにぴったり合う声色が素敵だなとか、最初の歌詞のリズムが細か過ぎて全然拾えないところとか、前奏でもあるピアノのモチーフが背後で繰り返されているのがいいんだよなぁとか。聴けば聴くだけ好きなところが見つかって聴くのがとにかく楽しい曲。

 

中でもわたしが好きなのは【Sentimental해】という歌詞。

ひとつのサビに4回登場する【Sentimental해】。私の耳には1,2,4回目は『せんちめんたるへ』って、3回目だけは『せんちめんたれ』って聴こえてくる。(細かい話をすると4回目は限りなく『せんちめんたれ』寄りの『せんちめんたるへ』。)

 

 ハングルが読めなかった時、耳だけで歌詞を拾っていた。そのときすーぱーじゅにあ先輩たちはソリソリで『말해봐(まれば)』『말해줘(まれじょ)』と言っていた。

韓国語を少しだけ学んでハングルが読めるようになった後、viewではてみんさんが『이제 말해봐 (いじぇまるへば)』と歌っていた。

歌では連音化することもしないこともあるのだなと学んだ。

 

 そしてSentimental해。

ひとつの歌の中で同じ字面を連音化させたりさせなかったりして、違った発音で歌っている。

どうして3回目だけ連音化させたのか、どうして歌い分けることしたのか気になって仕方ない。ラジオで教えてくれないかな〜って思っちゃう習慣はいつまで続くのかな。

 

日本語では絶対にないことだから不思議で面白い。

好き♡

はじめての婚活パーティー

 一足お先に30歳になった同級生に29歳ならまだ20代!市場価値が高いうちに、婚活パーティーへ行きなさい!と強く勧められたので重い腰を上げて参加することにした。

 

 仕事の昼休みに検索してよく考えずにサクサクっと予約した。婚活パーティーに行き慣れた友人(師匠)から初めて行くなら①料金が安いもの、②男性が満席か残りが数席で人気のあるもの、③自分の市場価値を高めるために女性の対象年齢が29歳以上のもの、④わざわざ行くと収穫がなかった時に落ち込むから何か予定のついでに行くこととアドバイスを頂いた。それを忠実にこなすそうとするあまり、他の条件を全然見ていなかったため、男性の年齢層が高めで自称清楚系女子が集まる婚活パーティーに参加することとなった。

私…清楚から対極の位置にある女だけど行ってみた。

 

 私が参加したパーティーの流れは、受付で料金を支払い、指定された番号に着席して、プロフィールカードを記入する。準備が整ったらパーティーという名の個人面接開始。参加人数は男性9人、女性7人であった。ひとり2〜3分お話したら次の人とお話をする。全員とお話が終わったら、あらかじめ配られていたカードに番号が書いてあり、第一印象が良かった人の番号を好きなだけ囲んで回収される。休憩時間中に番号を集計され、何番から第一印象がいいと思われていたかを知ることができる。その後3人とだけ、もう一度数分のお話時間が与えられる。お互い第一印象がいいと思ったもの同士とお話をするという感じだ。最後にいいなと思う人を3人選ぶ。相思相愛ならカップリング成功だ。多分、これが典型的な婚活パーティーの流れなのだろう。

 

 結果、私はカップリングしなかった。9人から3人もいいなと思う人を見つけられなかった。ブルゾンちえみは35億も男がいるといっているのに、私はこの9人から結婚相手を選ばなきゃならないのかと思うと、結婚しない、つまり選ばないという選択肢が欲しかった。けれどもせっかく参加費を払ったのだし、何か爪痕を残さねばと思い、とりあえず一番若くて一番年収が高い人を選んでみた。笑えないくらいとっても下衆い選択をしたから、心からカップリングしなくて良かったと思えた。

 

 婚活パーティー初陣で得たものは、私は結婚するなら年の差がそんなに離れていない人としたいんだと知れたことと、初対面の人との個人面接が結構好きな生き物なんだということだ。それと、第一印象が良かったかどうかの丸を囲むカードで9人中8人から丸をもらえた。つまり私って第一印象はわりといいみたい!(がっつり自画自賛!!!) とっても自意識過剰だけど市場価値が皆無じゃなかったという安心感を手にして、これから胸を張って生きていこうと思う。婚活の師匠にも初陣で良い思いが出来たのなら大収穫だと評価をいただけた。

迫り来る30歳を前にハイペースで通いたいと思う。

はじめてのパンギャ体験

 友人に『ライブに行こうよ!』と誘われた。私は音楽を『みる』のが好きなので、喜んで行くことにした。

 

 友人は自称パンギャだ。多分他人から見てもパンギャなのだろう。私はこの【パンギャ】というものが何を指すのか未だにあまりわかっていない。ビジュアル系バンドのファンということに間違いはなさそうだ。ビジュアル系バンドにもいろいろ細かくカテゴリーがありそうで、一括りにしていいものかもよくわからない。もし失礼なことを言っていたら本当に申し訳ない。

 

 私はアイドルのライブに行くことが多いけれども、スピッツさんやapbankやしーえぬさんなどいわゆるバンドのライブにも行ったことはある。(ひとえにバンドとまとめてしまったけどこれも細かく分かれていそうで失礼がないか心配)  一方でビジュアル系バンドのライブは行ったことがなかった。そしてこの両者の間に大した違いはないと思っていた。アーティストが派手なメイクをしているか、していないかの違いとして捉えていた。

 

 しかし、友人からライブ前に『隣で首を振ってて髪の毛が当たるかもしれないから先に謝っておくね』といわれた。さらには『いろいろなフリがあるから見よう見まねでやってみてね』とも『右や左に動くときは引っ張って行くからね』とも言われた。

 

私はライブを『みに』行く約束をしたはずだ。一体なにをしに行くのかよくわからなくなっていた。

 

いよいよライブが始まった。曲が始まると、見たことのない景色が広がった。

 

 観客みんなが首を振り回して、髪の毛でセルフ竜巻を起こしていた。そこら中で暴風警報発令中って感じ。セルフ竜巻を8カウントくらいしたら次は両手を高く上げながら左側へ全員移動、続いて右側へ移動。もう一往復して元の位置に戻ったら今度は手の振り付けをして、またセルフ竜巻が始まって……。

常に何かしていて休む間もないというかライブを『みる』ときがない。とにかく忙しい。私も見よう見まねで首を振り回したり、他の振り付けや集団移動したりした。

 

 

た…、たのしい!!

ベテラン勢は首がもげて飛んでいくくらい振り回しているけど、初心者の私は回すというより横振り程度だった。左右への移動も出遅れるし、手のフリも間違ってなくはないかな程度のものだった。でもみんな勝手に竜巻起こしてるのに謎に一体感はあるし、非日常すぎるし、なによりストレス発散!!! 

『【パンギャ】って首がもげるくらい振り回す人たちのことだって知ってた?』といろんな人に聞いて回りたくなった。

 

 最近、個人的に音楽を『みる』のではなく『聴く』ライブに行きたいなと思っていた。ところが『聴く』でも『みる』でもないものだった。同じ音楽なのに全く別の世界。『踊り狂う』が相応しい気がする。

また友人に誘われたら是非行きたい!!!

 

 

はじめての宗教勧誘

 29歳の秋は生まれて初めての経験をいくつもした貴重な季節となった。好きでもないし、好きにもなりたくないことだからブログのテーマにはそぐわないかもしれないけど、自分の記録用として書くことにした。

 

 

 まずは宗教勧誘から。

これまでインターホン越しの宗教勧誘なら何度か受けたことがあった。具体的にお話を聞いたことはないけれど、駅前の外国人に声をかけられらる勧誘も何度か経験したことはあった。

 

こんな程度のものじゃなくて、知らず知らずのうちにしっかりと自ら足を踏み入れてしまった。

 

あまり詳しく書くと、どの宗教か特定されてしまっていろいろと怖いのでとっても抽象的に書こうと思う。

 

 

きっかけは職場の同僚。とても魅力的で『この人と仲良くなりたい』と思って段々と距離を縮めていった。親しくなってプライベートで会うようにもなった。そんな時にある習い事をしているから是非一緒に行かないかと誘ってくれた。魅力的に感じる人に誘われたことが嬉しかったし、私はとりあえず何でも行ってみようと考えているので躊躇わずに参加してみることにした。

 

 習い事に行ってみると、個人指導だったようで同僚と私と先生の3人だけだった。先生と話してみると、様々なことに精通していて勉強熱心な方だった。この先生からたくさん学んで良い影響を受けているから、同僚は魅力ある人なのかなとも思った。その時、なぜか先生が私のフルネームを知っていることがなんだか不気味だった。同僚が伝えたに違いないだろうけれど、フルネームで名前で知る必要があるのか不思議だった。とにかく同僚はこの先生のことを心から信頼しているんだと感じた。と同時になぜそこまで信頼できるのか、習い事程度でそこまで先生を信頼できるのものなのか、何か他のことで繋がっているんじゃないかと疑いを持った。

 

 疑いを拭い去るために、習い事で耳にした単語をネットで少し調べてみた。すると簡単にとある宗教にたどり着いた。

 

 その後、違う先生から教えてもらう機会を設けてもらった。ネットで見た単語が次々と出てきて、疑いは確信へと変わった。

このまま先生に会い続けたらどっぷり宗教に浸かることになると思い、先生と会う機会を作らなくていいと同僚にお断りした。

 

 同僚と二人の先生に共通したのは聞き上手だった。私にたくさん話をさせて、私が興味関心をもつことの中で宗教に繋がることを探していてたのだなと後から気づいた。だから宗教の思想と間接的に繋がる分野を熱心に勉強していたのだ。そして私は宗教に間接的に繋がる分野に興味関心が高かったため、宗教に染まる素質があったらしいし、誘いやすかったようだ。

 

 同僚の人間的な魅力が宗教からくるものならいっそ私もそれに染まってみるのもいいのかなとか、この無信仰時代に何か熱心に信じられるものがあるのも羨ましいなとも考えたりもした。

そもそもどうして宗教って嫌われてしまうのだろうか。あんなに事あるごとに神様に頼むのに、無信仰ってどういうことなんだよと日頃考えもしないことを考えるいい機会になった。

それでも私は無信仰で生きようと思うし、都合よく神様に頼みごとをしようと思う。

 

 

방백

 

Aside

Aside

  • provided courtesy of iTunes

 

 

しゃいにーさんからやや気持ちが離れてしまったときに戻るきっかけになった、私の中で勝手に思い入れの強い曲。

 

何度かブログに書こうとしたけども、好きがまとまらなくて下書きがいくつもある曲。

 

もう少し季節が進んで、朝日を眩しく感じながら出勤するときに積極的に聴きたくなる曲。

 

イントロのメロディの哀愁漂う切ない感じとキラキラした音色の少しメルヘンな感じが対称的で、アイドルっぽい曲なんだけどアイドルっぽくないのを音であらわしていて、こういうのしゃいにーさん得意だよねってなる曲。

 

楽譜にたくさん♯がついてそうだなって曲。

 

歌い出しのじょんひょんの声色が好き。いろいろな声色が出せる中でぴったりな声色が出せちゃうところが好き。

 

てみんさんのパートのところからギターがチュクチュクなり出すところが好き。

 

おにゅさんの난 가장 힘들어の安定感が好き。

 

サビになってから4/4拍子の2拍目でピャンて音がするところが好き。

 

2番のおにゅさんのパート

이기적인 고백을 너에게 할 수도 있지만

고백을(CDの1:45)の을で胸がキュッてなるねって皆で盛り上がったことが懐かしい曲。

最後の있지만の만をほんの少しだけためて歌うところ(CDの1:48)も好き。

 

今のおにゅさんの声もとっても好きだけど、방백の音域で艶々な声を出していたこの時期の声も好きだなぁと思い出させてくれる曲。

 

歌詞がとことん切ないところが好き。

 

…………

 

こうやって好きなところを書き出したらひたすら書き続けられそうなくらい、全部が好きで好きでたまらない曲。

 

今回のイベント(SHINeeーTHE SHINING)で歌ってくれて방백の思い出が増えたし、もっともっと好きになった。

 

生バンドで聴く방백も好き。

耳慣れたパート割とは違ったけど、それでも好き。

個人的に大好きなイントロをキーボードが少しミスっちゃった気がしたけど、生バンドの醍醐味と思えて好き。

コントロールペンラのランダムに並んだ(たぶん…不確かな記憶だけど)薄い紫とピンクと水色の3色が好き。

メルヘンな音色とペンラの淡い色合いが作り出す世界が融合していて好き。

音から見える景色と目の前に広がる景色が重なってイベントの中で個人的に満足度の高かった曲。

 

 

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先日、仕事帰りに空を見上げると偶然にもそのときの色が広がっていた。

(朝に聴きたくなるといいながら、夕焼けなのだけども。)

 

 

時が進めばどんどん新しい思い出が増えていって、好きな理由も更新されてしまいそうになる。

新しい記憶で上書きするんじゃなくて、新しい記憶も古い記憶も大切に並べておきたい。

好きな理由に制限はないのだから。

可能な限り書き足していきたい。

 

律儀なしゃいにさん

 2月に聞いた『また戻ります』が案外早くにやってきたことに驚いたし、ただ嬉しかった。

 

  FROM NOW ONはしばらくの間会えなくなるしゃいにさんからしゃうぉるに向けた、置き土産的な曲として本来は用意されたのだろうと私は感じていた。そしてあのドーム公演が一つの節目の予定だったろうと。

でも、全く違った意味を持った曲と公演内容に変わった。

様々な解釈ができる余白を含んだ素敵な歌詞だけど、あのときあの空間で歌ったことで『君』が具体的に限定された気がしたし、それでいいと思った。

 

 年間スケジュールは立て直すことになっただろうし、迫り来る期日の中でどう活動するのだろうか、その中に日本活動があるのだろうか、『また戻ります』は2年後よりもさらに先になるのだろうか。

もう日本で会うことはしばらくないのだろうと諦めきっていたし、無理してまで来て欲しいとは思わなかった。

 

 

 そしてまさかの7月の怒涛のイベントスケジュールとシングルSunnySide 。

2月のドーム公演でたとえ2つのメッセージを発信していたとしても、あの場所では一方しか受け取れなかったと思う。だからこそもうひとつのメッセージをきちんと伝える場所が必要だったのだろう。時間が制約される中でより多くの人に伝える方法がドームでのファンイベントだったのだろうし、たくさんのイベントを短期間でこなしてくれたのだろう。

ファンイベントのお土産といい、SunnySide の歌詞やFC限定ver.など、ありのままの気持ちをわかりやすく大袈裟なくらいに表現してくれたしゃいにさん。

 

 2月のドーム公演の後、そのまましばらく会えない状況にならないようにしてくれて、『必ず戻る』と約束してくれて、アイドルとファンとは思えないほどの温かくて心地よい関係を築いてくれてありがとう。

 

律儀なしゃいにさん、わたし待ちます♡

 

 

 

 

 

(語尾に『〜〜だろう』を多用したように、 過ぎ去った出来事をもとに自分なりに都合よく解釈してみた。

同じ状況でも受け取り方は人それぞれ。

自分の良いように解釈すると偏った見方になりがちで、いわゆるお花畑って言われてしまいそうだけど、今回ばかりは真っ直ぐに素直に受け取って、物分かりのいいファンでいたいと思うのでした。

 

 

 

 

20代後半あるある病


私なんて誰からも好きになってもらえない
私なんて誰からも必要とされない
たとえ明日この世から消えても親くらいしか悲しまないかもしれない

 そこまで頑張っていないくせに、婚活と私生活がうまくいかなくて。でもまわりはどんどん結婚していって。自分だけ取り残されて、自己評価が最低値になったとき、考えたこと。

 自分だけだと思ったら、同世代の友人も同じことを考えていたらしい。さらには職場の先輩もこれくらいの年齢の時、そういった考えに悩まされていたらしい。

 自分だけじゃない、みんな同じなんだ。これくらいの年齢で悩むことなんだ。自分だけじゃないって安心感に救われた。