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好きなもの、好きなこと

好きを言葉にする。残念なアラサー。

雪の降る景色

好きなこと

自分が住む地域ではそれほど雪は降らない。一年に一度降れば大騒ぎになるくらいだ。大人になると非日常を嫌うせいで、雪は厄介者になる。たしかに電車のダイヤが乱れたり、会社の服装にアンマッチな靴を履いていったり、いつもより用心深く歩くことで早く家を出なくてはならない。ただただ煩わしい。

それでも雪の降る景色がわたしは大好きだ。当然のことながら私たちは三次元の空間で生きている。しかし目に見える景色は平面に見える。雪が降るとどうなるだろうか。いつも見ていた景色に奥行きが生まれる。手前の雪も、少しの奥の雪もゆっくりと落ちてくるのが見える。真上を見上げると、空までの距離がうんと遠いことがわかる。空間の中で生きていることを実感できる特別な瞬間なのだ。

雪だるまや雪合戦が楽しいピュアなあの頃にはもう戻れない。けれども、いつもの景色を眺めるだけで雪を煩わしいと思うより、美しいものと思いたい。

おさつビーと安納芋chips

好きな食べ物

さつまりこ』をいよいよ見なくなった今日この頃。本格的な寒さが到来したようだ。『何かないかな〜』と久しぶりにコンビニの棚をじっくり覗き込むと、おやおや!大好きな芋カラーのパッケージの商品があっちにもこっちにもあるではないか!!!迷うことなく2つとも手に取り購入。

 まずは『おさつビー』から開封。『じゃがりこ』と『じゃがビー』のように『さつまりこ』と『おさつビー』という立ち位置が想像できる。つまり、『じゃがりこ』と『さつまりこ』はサクサク感を重視。『じゃがビー』のように『おさつビー』は素材そのものの味ともさっと感を重視しているのではと期待。さてさて、実食。おさつビーは思ったよりも細かった。太くないスリムな集団だった。あまりもさっと感はなかったが、味はお約束どおりのお芋の素朴な甘さ。しあわせになる美味しさであった♡

 続いて安納芋chipsを開封。何より驚いたのはとてつもなく上品な量!!!袋の3分の1くらいの高さまでしか中身が入っていなかった。けれどもさすが安納芋!素材そのままでとっても甘くておいしー♡

 見ると思わずときめく芋カラー。また他の芋おやつに巡り会って日常が華やかになったらいいな♡

好きなこと

『が』の発音について。普段の生活の中で、立ち止まって考えたことはあるだろうか。おそらく人前で話したり歌ったりすることを生業としている人は考えたことはあるかもしれないが、そういう人でない限り考えるようなことではないと思う。私はたまたま高校生の頃、現代文の先生がかつてアナウンサーを目指していたため、『が』の発音について考える機会を与えてくれた。

先生によると正しい『が』の発音は少し鼻にかけて『が』と発音する。やりすぎると『んが』となる。アナウンサーの話し方を注意して聞くと、とても自然に『が』を発音している。関東に住む人はこの発音を自然に身につけているらしい。しかし地方に住む人は鼻にかかることをせず、しっかりと『が』と発音する。一種の方言のようだ。私は後者であり先生の話に衝撃を受けたため、こうして今でも記憶に残っているくらいである。

先生の話を聞いてから、人の話や歌を聴く中で『が』の発音に少しばかり着目するようになった。そして(たぶん誰も興味ないと思うけれど)私の【ベスト of が】をみつけた。それは森山直太朗さんの発音する『が』である。中でも『夏の終わり』の一節、『ながれゆくときに ささぶねをうかべ』の『が』は本当に美しい。個人的な見解であるが、CDに収録されているものよりは最近の歌番組で披露された『が』のほうがより発音が美しいし、私の好みである。直太郎さんは言うまでもなく、歌がうまい歌手として認識されている。実は話し声もとても素敵であり、話しているときの『が』の発音も美しい。意識しないでとても自然に『が』を美しく発音できている。

歌っているときでも、話しているときでも一文字が聞こえる時間はほんの一瞬。言葉や文脈としての一部であるから、正しいか間違いなんてあまり重要視されない。はっきり言ってしまえば、どうでもいいこと。それでも【ベスト of が】と出会えたのはとても幸せなことだ。

かぼちゃのシュークリーム

好きな食べ物

くりいもかぼちゃ♡秋の三大穀物!!!秋のスウィーツに欠かせないメンバーたち。生きているだけで痩せる夏に削ぎ落とされた贅肉たちが、冬に向けて戻ってくるのは言うまでもなく“くりいもかぼちゃ”のせいである。ハロウィンが近づくと特にかぼちゃの活躍が見られる。そして10月の体育の日前後になると、一年でこの時しか味わえない商品がセブンイレブンに並ぶ。そう、それはかぼちゃのシュークリームである。

初めてセブンイレブンのかぼちゃのシュークリームに出会ったのは2013年の秋。それ以前にも発売されていたかもしれないが私は2013年に出会った。生クリームが得意でないため、シュークリームを率先して食べることはしないが、“かぼちゃ”となれば別物。即買いである。苦手な生クリームがかぼちゃクリームになっているため、これなら食べられる。そして美味しい。この秋は全部で幾つ食べただろうかというくらいかぼちゃのシュークリームにすっかり魅了された。2014年の秋も同様に楽しませてもらった。

ところが2015年秋。待てど暮らせどセブンイレブンにはかぼちゃのシュークリームが並ばなかった。コンビニのいち商品をわざわざHPで調べてみた。すると地域限定販売商品であり、自分の住む地域では発売されなかったのだ。かぼちゃが不作だったというニュースを特に聞いた覚えもない。かぼちゃプリンは販売されているのをみると、かぼちゃが調達できないという理由ではないようであった。たがだかシュークリームひとつと思われるかもしれないが、私にとっては大事件。毎年欠かさず来ていたサンタクロースが突然来なくなったのと同じくらいの悲劇だった。

そして2016年秋。ふらふらと軽い気持ちで入ったセブンイレブンに、“パンプキンくろしゅー”は置いてあった。商品名のとおり見た目が黒いので一瞬視界に入った時は黒いシュークリームとしか認識できなかった。しかし、“パンプキン”という文字が私には輝いて見えた。待ちに待ったかぼちゃのシュークリーム♡昨年食べられなかったせいか、商品改良のせいか、とにもかくにも美味しい。かぼちゃクリームが甘すぎなくて、かぼちゃの素朴な甘さがたまらない。

また来年食べられるとも限らないので、できるだけ食べておきたいと思うけど、なかなか出会えない“パンプキンくろしゅー”。せめてあとひとつは食べたいな♡

大谷くん

好きな人

日本ハムの大谷くん。二刀流で有名な大谷くん。何が好きって全部♡

小学生から変わってなさそうな幼いけどもそこまでは幼くないぜ、大人になったよねという顔。シーズンが始まる前にひとまわり成長した胸板。ヘルメットをかぶったらすっぽりと全て隠れてしまうような小さな頭。そろそろ襟足が跳ね出すプロ4年目なのに洒落っ気のない清涼感あふれる髪型。すらりと伸びた長い手足。いったい何頭身なんだよと指でつまんで数えたくなるパーフェクトなスタイル。この世のものとは思えない。きっと幻かなにかだ。

 野球について最低限のルールは知っている。パリーグセリーグがあることも知ってる。実力のパ、人気のセ。そんなことも知ってるけども、あまり好きにはならなかった。サッカー選手より試合中に走ってないのに年俸が高いのはなんでだろう。スポーツ選手なのにお腹が大きい人がたくさんいるのはなんでだろう。帽子からはみ出る襟足をどうして切らないんだろう。10球のうち3球打ったらすごい方って、仕事で10個のうち3個だけ真面目にこなせばすごいってこと?そんなこと絶対ありえないよ。なんて比較にもならない屁理屈を言ってみたりして。興味を持たないようにしていたというのが正しかったのかもしれない。そんな屁理屈野郎を黙らせたのが、大谷くん♡♡♡♡♡

見た目の好みはさておき、Googleで大谷くんを検索するとそれはそれは素晴らしいお話ばかりが綴られていて、人としての魅力にも溢れていることがわかった。どれも本人が直接話しているのを聞いたわけではないから、事実なのかはわからない。それでも悪く書かれることが多いネット社会で良く書かれることが多いのはやはりいい人なのであろう。私が直接テレビで拝見したお気に入りのエピソードがある。ある番組で『他の選手たちとお酒を飲みには行かないのか』という質問があった。『(ご飯を食べた時に飲んだことはあるけど)飲みにだけは行ったことはない。お酒で(成績が)変わるとは思わない』と彼は答えていた。その通りだ。お酒で解決することなんてこの世に何ひとつない。それでも人は何かにすがりつきたくてお酒を飲むことを選択してしまう。思っていても行動に移せないことを22歳の大谷くんは軽々とやってのけている。

生まれ持った才能に自惚れることなく、努力し続けるからこそ、凡人ができないと諦め嘆く限界を軽々突破していく。『努力は裏切らない』と聞くが、大谷くんをみていると彼のためにある言葉のように思えてくる。不可能を可能にする男。尊敬する年下の男。メジャーに行って欲しいけど行って欲しくない男。どうせ叶わないと諦め嘆く凡人が『結婚してほしい』と思う男♡ (イタいのは重々承知しております)

クライマックスシリーズ活躍期待してます♡

SHINee View

SHINeeさん

SHINee 샤이니_View_Music Video - YouTube

 実は2015年のソウルコンで初めてこの曲を聴いた時、物足りなさでいっぱいだった。『え?これで終わり?こんなけ?』というのが正直な感想であった。これまでのSHINeeさんの人並み外れたパフォーマンスと比較して、盛り上がりきらないで綺麗にコンパクトに終わったなぁと思った。ところが何度も繰り返して聴くうちに、聴けば聴くほど好きになっていった。そして何を言っているのかさっぱりわからなかった歌詞をきちんとよんでみると、そこには素敵な世界が広がっていた。今では好きで好きでたまらない一曲となった。

 

イントロについて。

♪どーどっしーらー  らーらっそーっそどー

何の楽器で奏でられているのかはわからないけれども、この数小節を聴くだけでどこか懐かしくて切ない気持ちになる。一方で、音からみえる景色は宝石がキラキラ輝いていて、そこから放たれるのは何色とも言い表せない鮮やかな光。非日常の異空間に一気に引き込まれる。5月に行われたドーム公演(SHINee WORLD 2016〜D×D×D〜)では2回繰り返されたこのイントロ。そしてカラフルな照明の演出。音から想像した景色がそのまま目の前に繰り広げられた。一瞬時が止まったように思えた。この心地よい空間にしばらく浸っていたいと思った。2回繰り返されたイントロをもうあと何十回と聴いていたいとさえ思った。もちろんテミンさんが歌いはじめて、すぐに現実のライブを見ているという十分に贅沢すぎる世界に戻されたのだけれども…。あの数秒間は私にとって4次元以上の奇跡のviewであった。

 

 歌詞について。作詞はキムジョンヒョン大先生。テミンさんからインスピレーションを受けて書かれた歌詞だと、どこかで発言するのを見たような気がする。(間違っていたらごめんなさい) Viewは日本語でも歌われている。日本語版の歌詞は韓国語版の内容を損なわないようにより忠実にかかれている。おそらく発音が似ている言葉を使うという制約がある中でとっても上手く表現されている。わざわざ日本のために日本語で歌い直してくれている。SHINeeさん、ありがとう。でも失礼すぎるけども、日本語版の歌詞は韓国語版の歌詞の世界観と少し違うのではと思ってしまう。単に自分が特別に好きな部分があまり日本語版には反映されてないからかもしれない。私が特別に好きな部分はここ、最後のところ。

누구든 처음이겠지 Like you
별빛의 향과 맛을 본 것도
향기의 무게를 느낀 것도
소리의 색과 모양 본 것도

誰もがはじめてだろう Like you
星の光の香りと味を感じたことも
香りの重みを感じたことも
音の色や形を見たことも

当たり前なのだけども、だれも光の香りと味を感じたことはない。香りの重さを感じたこともない。音の色や形を見たことはない。『シックスセンス(第六感)』という言葉は何度となく聞いたことはある。普通ではない、異常なものとして霊感やオカルトの対象になることが多い。それがここでは感覚が研ぎ澄まされた先に見える、美しさの象徴として描かれている。五感(見る、聴く、嗅ぐ、触る、味わう)をうまく使って第六感を美しく表現している。本当に素敵。ジョンヒョン大先生のあまりに上手すぎる言葉の操り方に脱帽した。

私はこれまで音楽を聴くとなんとなくだけど、その音から想像できる情景や色が頭に浮かんでいた。この歌詞を見てから、なんとなく見えていた情景や色を具体的に文字にしたり言葉にするようにしている。シックスセンスを持っているフリをしたいわけではない。音からみえる景色をより具体化すると、美しいことがたくさんあるからだ。

クラシックカーという言葉

好きな言葉

クラシックカー』という言葉を聞いて想像されるのはどんな車だろうか。私は顔が長くてトンボの目のようなまん丸なライト。ウィンカーではなく、曲がる方向にカシャっと飛び出す、ザ•方向指示器。そんな物を持ち合わせている、現代で走っているのをなかなか見られない、燃費は一切関係ない、無駄が多い、でも小洒落ていて、日本で初期に作られたような車を思い浮かべる。

ここでの『クラシック(classic)』は『伝統的な、古典的な』という意味だと思っている。ただ“古い”というわけではなくて、少し品のある趣のある“古い”を表してると私は思っていた。より具体的に時の流れを考えると、自分が生まれるずっと前であり、生まれた後では決してないと思っていた。たかだか『クラシックカー』という言葉からいろいろと想像を巡らせてしまった。

そしていよいよ実際に出てきた『クラシックカー』は…。ボロい車だった。ただの古い車だった。自分が生まれるずいぶん前の車ではなかった。生まれた後の車だった。ただのused carだった。

勝手に想像して、勝手にがっかりして迷惑な話。でも『クラシックカー』と聞いてused carは想像できなかった。(想像する人いるのかな)『クラシック』という品のある、魔法の言葉に惑わされてしまった。悔しいけれども、つくづく言葉は面白いと思った。“古い”にもいろいろな古いがあるようだ。そして中途半端な古さよりも、とてつもなく古いほうが価値あるものとしてドキドキさせられたようだ。ただの古い、used carも数十年後には『クラシックカー』に昇進しているかもしれない。

ふと思い返すと、車を所有している張本人は『クラシックカーに乗っている』とは言ってはいなかった。周りの人たちが彼は『クラシックカーに乗っている』と言っていた。used carとは言わない周りの人たちの気遣いなのか…それともニュアンスの違いなのか…  

言葉は難しい、けれども面白い!『クラシックカー』という言葉のおかげで、存分に惑わされ、楽しませてもらえた。嫌いにはなれない(⌒▽⌒)